「食」でモチベーションを上げる女子高生の満足度はいかに?!悩めるオヤジの「作り置き」レシピ
この春から環境が変わり、妻の通勤時間が片道1時間半+残業で帰りの時間がとても遅くなっている。
自分のほうが、戻りは30分ぐらい早いので、夕食担当が増えてきた。
美味しいかどうかは別にして、作ること自体に苦はないので、その点では問題ないのだが、娘の塾のタイミングには間に合わず、塾から帰って食べることになったり(22時半ぐらいになる)、行く前に菓子パンやお菓子を口に入れて行ったりというパターンが増えてきた。
さすがにそれは嫌だなと思って、人生初(笑)の作り置きに挑戦してみた。
そもそも作り置きをしたことがないので、どんなものが良いのかも分からず、AIに作り置きに対応する料理と1週間分の献立を聞いてみた。
なかなか良さげな回答をくれたのだが、作ったことのない料理のレシピを見ながら作り置きするのは、腕前のない私にとって、ハードルが高い😓
なので、過去に作ったことのある料理や15分ぐらいで作れるものを選び、かつ日持ちがするのかどうか確認をしながら実行してみた。

何とか出来て良かった☺️
でもこれを数日置きに考え、作るようになるんだよね。
いつも作っておられる皆様、本当にお疲れさまです。仕事から帰ってご飯つくるのって、大変だよね、ホント。
続くかな、私・・・
現代において、昭和の曲がなぜ違和感なく、受け入れられているのだろうか

本日、妻が飲み会のため、ガストにてムスメと二人で夕食。
友だちと海岸でポーズをキメた、カラオケに行ったという話を聞くだけで、青春だなぁと思わず顔がほころんでしまった。
自分にもはるか昔に、こんな楽しいことがあったな。
カラオケでは昭和の曲もたくさん歌ったようだ。
昭和の曲といえば、高校生の彼女らにとっては、生まれるはるか前の楽曲。
そんな歌を歌うなんて、ちょっと不思議。
まぁ、今の時代、昔の歌も、その歌手が歌う映像も、YouTubeなどで簡単に観たり聴いたりすることができるから、割と身近なものなのかもね。
それに、今の歌手が、昭和の歌手や曲をリスペクトして歌っているし、現代風にアレンジも施しているので、聞き手も違和感ないんだろうね。
だから今の歌との垣根はあまりなさそうだ。
それでもムスメの口から「木綿のハンカチーフ」とか出ると不思議(笑)
だって、私の青春時代のイメージで言えば、5年も前の曲だと古いと感じたし、ましてや生まれる前の曲なんて、総天然色とモノクロぐらいの差を感じていた。
だけど2025年現在、今から20年ぐらい前の曲を聴いても、古いと思わないし、普通に聴ける。
うんっ?それってもしかすると音楽が「進化」してないから?
あるいは、自分の感性が20年前と変わっていないから?
前者であれば、寂しいことだし、後者であれば、自身の老化を嘆かざるを得ない。
老化を嘆くアラカンとしては、現代の歌において、歌詞や曲の展開、パフォーマンス等が複雑になっていても、歌の根幹となるメロディーの良さや、曲から発せられるエネルギーが過去を超えていないからではないのかと考えたりもする。
後者でないことを切に願う。
いずれにしても、共存しているのは素晴らしいことだし、昭和の曲をこの時代にも聴けることは、大変嬉しいことだ。
ちなみにここで言う、または世間一般でいう「昭和」は「昭和40年代後半から昭和の終わり」ぐらいのことを指している場合が多いと思う。だって、長い昭和の中の初期から戦後、昭和30年代、40年代前半の曲はあまり注目されていない気がする。
まぁ、「昭和40年代後半から昭和の終わり」って、歌謡曲が成熟して、アイドル(像)も成熟~終焉に向かっていったぐらいの時代だよね。その後はSMAPのような新たなアイドル像が形成されていき、ロックバンドが一般化して、曲自体が変わってきた気がするなぁ。
ムスメと話すことは、オヤジの最大の喜びなのだ
決して関係性が悪くなったというわけではなかったのだが、いつも部活や塾でヘトヘトになって帰ってくる娘に言葉をかけても反応は薄く、ここ半年ぐらいの間、ウザがられているのだろうなとしょげていた。
だけども、この年末年始は、割とまとまった休みがあり、必然的に喋る機会も多くなったので、以前のような関係に戻ったかなと思っていた。
今日は朝からちょっとやることがあったのだけれど、娘の方からカマッてきてくれたので、嬉しくてやることを後回しに。
すると今度は、妻の方からアレやコレやと檄を飛ばされる羽目に😅
2025年の日常は、こんな感じになるのかなと思わせる一場面だった。
でも、それでいいのだ。だって、娘と話ができるのだから。
なんと健気なオヤジ(笑)
くれぐれもかまってちゃんビームを出して自爆しないように気をつけたい😅
だからといって、代わりに妻へビームを出した日にゃあ、これまた大変なことになりそうorz
思わず声が出た、夜道でのちょっとしたできごと

包丁研ぎはうまくならないが、料理はする
肩・首・背中を支える枕。ようやく役に立つように
この枕、肩・首・背中も支えるやつ。
オジサンに眉カットは必要か

【眉カット1,980YEN】電車の中で出会った広告。
「おおっ、そうなのか!」
眉カットをするとこれくらいかかるのかと、妙に感心してしまった私。
そういえば、高校のときに、眉毛剃ってたなぁ(なくしていたわけではないぞ)と思い出してみる。
当時は、太い眉が流行るちょっと前?いや、男は関係ないか。
細い眉、細いベルト、ズボンは太かった(笑)
今ではムスメに、「マユゲが伸びてる~~!」と言われて写真を撮られる私。
あぁ、あの頃には帰れない(笑)
後から知人に聞いた話では、「眉毛が伸びて長くなるのは、加齢により眉毛が抜けるのを忘れるから」だとチコちゃんが言ってらしい。
で、オジサンに眉カットは必要かって?
1本だけならおもしろがって抜かないけれど、流石に眉毛で、それでなくても小さいお目々が隠れると困るので切るよ(笑)ただし、自分で。
グッバイセコー!

さて、すっかり定着した「お巡りさん」
この忙しい時期にすいません。
先日、盗難にあった(と思われる)自転車のことで、交番に連絡。
盗まれたと思われるスーパーの駐輪場に、その日から(と思い込んでる)放置された自転車について、お巡りさんに相談をした。
「斯々然々で、盗まれた(と思われる)ところに、似た自転車がずっとあるんです。確認してもらえませんか?」
お巡りさんには、快く引き受けていただいた。その30分後、早くも連絡が!
放置してある自転車には防犯登録があったようで、持ち主にコンタクトをしてくれた。
持ち主の答えは
「自転車どこかに置き忘れていて、困ってました。乗り間違えはしていません。」とのこと。
なにぃ〜
違うのか、この自転車の持ち主ではないのか?
で、あれば、誰かが意図的に乗っていったことは確定的。
あの、おじさんは、私の目の前で、堂々と盗んでいったことになる!(たぶん)
唯一の手がかりと思っていたが、しかも盗んだのではなく、間違えたことに淡い期待を寄せていたけれど、砕け散った。
もう、戻ってくることはない・・・よねorz
あぁ、自転車は何処へ・・・おじさん!
先日の「定期券落とし」でお巡りさんにお世話になった直後にまたしても事件が!
仕事帰りに、自宅最寄駅近くにあるスーパーへ自転車で寄ったときのこと。
10分程度で買い物をして出たところ、止めたところに自転車がない・・・
違うところに止めていたかと、あたりを見回したその先に、おじさんが自転車で去る姿が。
「なんだか、自分の自転車に似ているな・・・」と思うも、よくあるタイプの自転車だし、まさか目の前で自分の自転車が乗って行かれているとも思えなくて、再度、あたりをくまなく見たが、見つからず。
いつもなら短い時間でも鍵をかけるのだが、その日はたまたまかけ忘れてて、鍵がついたままの状態になっていた。
思考がどんどん「さっきのおじさんが乗っていったのでは?」に固まっていったが、どうしようもなく、警察へ電話。
遺失物届いや盗難届を出すために交番まで来てくださいと言われて、子どもの自転車で交番へ。なくなった状況や見かけたおじさんのことも事細かに伝えて連絡を待つことに。
—-
盗難事件から数日経過したが、未だに見つかっておらず。
何らかの間違いであれば、自転車が返されているかと思い、仕事帰りに毎日そのスーパーの駐輪場に行って確認をしてみた。すると自分の自転車と似ていて(色はシルバーと白で違う)、鍵がついたままの自転車が置きっぱなしになっていることに気づく。
「もしかして、この自転車と間違えて乗っていった?」
いやいや、勘違いしてしまったのであれば、乗ったときの乗り心地で気づきそうなもの。
しかも、既に数日そのままになっているのはどうして?
でも意図的であれば自分の自転車をそのままにしておくはずもないし・・・
謎は深まるばかり。
狭いポケットの中は宇宙空間・・・ではなくて
数日前のこと。
仕事帰りに市電に乗ろうと思い、ポケットに手を入れると、2つあるはずの定期券(広電とアストラムライン)が1つしかない。
狭いポケット中は宇宙空間で、あるものが見つからないということはよくあること。
だから何度も手を入れてみるが、やっぱりない。
電停に着くまでに、おかず工房(フレスタ)に寄ったので、お店に寄って、落ちていなかったか尋ねたり、目を凝らして歩いた道を辿ってみたが、なし。
10分ぐらいの間とはいえ、既に交番に届けられているかもと思い、近くの交番に入って、定期券を落としたことをお巡りさん伝える。
落とした状況とかを細かく聞かれたうえで、手続きのため少し待つことに。
手続きが終わったようで、再び声をかけてもらい、あらためて、定期券の色や落とした状況を聞かれる。
「また聞かれるのか・・・、でも、状況を把握してもらうためだから仕方ないよな」と内心思っていると、お巡りさんから「定期券はこれですか。午前中に届けられていましたよ。」と。先程落としたはずの定期券を見せられる。
「えっ?そうなのですか・・・」
なんと、落としたので先程ではなく、朝仕事に向かうときだったようだ。
朝は、ポケットをゴソゴソした記憶もないし、どうやって落としたのか皆目検討もつかず。
でも実際に拾われて届けられているということは、そういうことだ。
拾われた方は、特に連絡先とかも告げずに「困っていらっしゃるだろうから」と届けてくださったよう。本当にありがたい限りだ。
それにしても情けない。
「落とした」ことよりも「落とした自覚」がなくて、実際に落とした数時間後に「落とした」と思ってしまうなんて・・・
「なくす」ということは、そういうことなのかも知れないが。
ポケットの中はシンプルにひとつにするか、定期をひとつにまとめておくべきだな。
そして・・・またすぐにお巡りさんにお世話になることになる・・・


